My books


Published: 25/10/2020

オーストラリアに移住して34年になる。その間、多くの人々に助けられて今日の筆者がいる。「ひとすじの愛」は、5冊目の本である、初めて本格的な「愛」に挑戦してみた。とても難しい小説であった。それでも頑張れたのは天国の友人からの後押しがあったものと確信している。
このコロナ禍の中、私たちにできる事はただ自粛するだけであったのだろうか?違うと思う。新しい時代へと進むしかないならば、考えながら正しいと思う道を見つけて進んでみたい。テレワークもあればインターネットも使えるのだから!

Wondabyne (過ぎゆく風の風景)
Where once the waters met the land, in far off days when rock was sand
the wells of time are all but dry, and all has changed except the sky
All that remains now of those times, are fossiled bones and ancient signs

time with the wind has changes the land, it's silken shapes flow through the sand
As children we all wish to see, the wind in all it's mystery
it's presence, we cannot deny, but form escapes the human eye
The powerful hand of time has moulded, the wind itself, held and folded
for all of us who wish to see, the frozen winds heavenly journey

 


Published: 25/09/2018

 

日本人が移住して、真珠貝を採集した明治時代へ遡り、大学4年生の小森剛が祖母の残した日記帖を頼りにオーストラリアのインド洋側の町、ブルームを訪ねるこの物語は、幕末から日本人が歩んだ海外への出稼ぎの歴史かも知れない。
当時のブルームの町には、2000人を超える日本人たちが暮らし、日本人街、日本人病院などもあったという。想像するに実に伸び伸びと暮らせたのではないかと思う。
筆者自身もまた同じように、ここに来て働いて生きてきた。日本とオーストラリア二つの国の文化の違いに悩みながらも消化して生きてきた。しかしながら百数十年前に始まった白豪主義の頃は、日本人にはたいへん厳しい社会であっただろう。何しろ白人のみが国民という時代なのだから。この国の元の住民アボリジニは人口にも加えてもらえない時代であった。
だが今は、天国と言えるくらい暮らし易い国になっていると思う。これほど豊かに成長した移民の国が他にあるだろうか?
この今のコロナ禍の中でも、充分に人々は朗らかに生きている。仕事はテレワークに替わり以前とは違った生き方が定着しつつあるようだ。
 

Published: 25/12/2015

「穣の一粒」は、筆者の作品の中でも最も大切な小説である。オーストラリア大陸で初めてお米の試作に挑戦し、そして成功させて今日のオーストラリア米の基礎を作った人物、高須賀譲の一家を描いた明治時代から昭和までを物語である。
高須賀穣の実績は、この国には多くの記録が残っている。しかしながら日本国でほとんど知られることがなかった。故郷の松山市でさえも衆議院議員時代を除いては、人々の記憶になかった。
筆者は、メルボルン、スワンヒル、ベンディゴと集材をし、松山で集めてきた資料を整理し、そしてその資料を毎日眺めた。正に穴が開くほど眺め読み込みを繰り返していった。結果、筆者の中に穣という人間が出来上がってきたのだ。アメリカの大学で学んでいる時の、謂れのない侮蔑を受け地獄のような孤独の中から学んだものがある。第一は日本人であることに誇りを持つこと、第二は何時でも毅然として尚且つマナーのよい立ち居振る舞いであること、そして第三は決して諦めないことである。この辺りからは、穣が自然に筆者に語り掛け導いてくれた感じがするのだ。
156年前に、松山の侍の家に誕生した穣が、師範学校を卒業して小学校の教師になり、東京の慶應義塾で学び、更にアメリカで文学士を取得し松山へ帰国した。あくる年には衆議院議員に当選した。その議員も2期で辞職して、オーストラリアに移住して農夫になったのだ。白豪主義の真っ只中での出発だった。現代の我々の覚悟とはどうも桁が違うようだ!
2014年の取材時に、サンライス社の重役ミルトン・ベイズリー氏が「もし穣が来ていなかったらオーストラリアの米産業は、何十年も遅れたよ、穣のおかげだ」と語ってくださったことが耳に残り忘れられない。

 


Published: 21/03/2013

 

「天へ落馬して」は、主人公エリザベスの活躍を追いかけてみる。イギリスからシドニー大学の獣医学部博士課の4年生のエリザベスが、息抜きを兼ねて楽しんでいるアルバイト先で起きる事件から物語は始まる。
200年前のシドニーの街を再現している「旧シドニー・タウン」で、美しいゆり姫に騎乗している際に、宇宙へと運ばれ、そして200年前の江戸時代へ舞い降りてくるというものだ。
丁度11代将軍吉宗の時代へ。未来から過去へ来てしまったエリザベスの戸惑いと、未来を知っている為の矛盾の中で生きる難しさがある。そんな中、若侍の康之丞との馬廻り役での仕事を通じて生きる道を見つけてゆく。エリザベスと一緒に宇宙から舞い降りてきた馬、ゆり姫とともに康之丞の馬、春風も一緒に活躍する、人と馬とが共に生きる物語である。
書いている時も楽しい気分で、違う国、違う時代を生き抜く面白さがあった。読者に楽しんで読んで頂けるフィクションである。
 


Published: 28/11/2006

2006年に病を得て、あぁこれまでか、母と同じ50代で死ぬのかと諦めが来た時に、何とかオーストラリアで生きた証が残せないかと考えたのが、唯一筆者が残せるものがオーストラリアの教育事情のような簡単な冊子だと考えた。しかしながら読書は好きだが執筆は日記帖のような形のエッセイだけであったから困った。
当時我が家のエンジェルとして一緒に暮らしていた、ゴールデンリトリバーのハンナの目線で書いたものが、この「地上50センチの世界」となった。朦朧とした抗がん剤治療の中で著したので、今になればもう少し丁寧に書けばよかったと反省はあるが、このハンナの御かげで元気になったのだからよしとするか?
表紙のハンナは、友人の中村勝輔氏から頂戴した葉書をそのまま使わせて頂いた。








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